ヒト母乳に遊離グルタミン酸が多く含まれることについての学術情報

ヒトの母乳は他の動物より遊離グルタミン酸濃度が高く、乳児はうま味を認知していると考えられる。また、ヒトのうま味受容体は他の動物と異なりグルタミン酸に特異性が高いことが知られている。これらのことから、ヒト乳児の栄養摂取・発達に遊離グルタミン酸が何らかの意義を有する可能性が考えられ、また、ヒト母乳中のグルタミン酸濃度が高いこととうま味受容体の分子進化との関連性が示唆されるが、未解明の課題が残る。

 

未解明課題として挙げられる例

  1. 霊長類の間でも母乳中の遊離グルタミン酸濃度が高い種と高くない種に区別される。また、霊長類間の苦味受容体の感受性は進化の過程で環境(食性)に影響され変異が保存された可能性が示されている (Imai, et al., 2012)。うま味の例では、進化の過程でヒトうま味受容体のリガンド特異性がグルタミン酸で高まったことと、母乳中の遊離グルタミン酸濃度が高いことの因果関係の解明が望まれる。
  2. 乳児肥満が成人肥満のリスクを高めることは明らかにされている。遊離アミノ酸の多い「加水分解調整乳」と遊離アミノ酸の少ない「乳児用調製乳」の長期摂取の評価では、乳児用調製乳のほうが肥満になるという結果があるが、遊離アミノ酸の中で最も多いグルタミン酸がその主たる要因であるかは確認されていない。

 

ヒトの母乳中の遊離グルタミン酸濃度について

  • グルタミン酸はヒトの母乳中の遊離アミノ酸の中で最も濃度が高い (Zhang et al., 2013)。
  • ヒトや、チンパンジー・ゴリラ(類人猿)の母乳中のグルタミン酸濃度は、アカゲザル・ヒヒ(オナガザル類)の母乳、ラクダ、山羊や牛の乳のグルタミン酸濃度より高い (Sarwar 1998, Mehaia 1992)。
  • ヒトの母乳は、牛乳から作られる「乳児用調整乳」に比べて遊離グルタミン酸濃度が高い (Chuang et al., 2005)。

 

乳児による母乳中のうま味の認知について

ヒトの乳児において、母乳による授乳期間が長いほどうま味嗜好性が高い(MSG溶液を水より好む)ことが報告されている(Schwartz et al., 2013)。従って、ヒトの乳児はうま味を認知していると考えられる。

 

ヒトのうま味受容体はグルタミン酸特異性が高いことについて

ヒトのうま味受容体 (T1R1/3) はグルタミン酸への特異性が高いが、ラットやマウスのT1R1/3はアミノ酸に広く応答する (Toda et al., 2013)。

 

ヒト乳児の栄養摂取・発達に遊離グルタミン酸が意義を有する可能性

  1. 食欲調節
    米国モネル研究所の研究では、遊離アミノ酸が豊富な「加水分解調整乳」で育てた乳児は母乳と同様な標準的成長をしたのに対し、「乳児用調整乳」で育てた乳児は標準より体重が増加した (Mennella et al., 2011)。
    そこで「加水分解調整乳」に多く含まれる遊離グルタミン酸が乳児の満腹感へ寄与したとの仮説を検証するため、「乳児用調整乳」、「乳児用調整乳+グルタミン酸」及び「加水分解調整乳」に対する乳児の飽きと満腹感について調べた。
    その結果、乳児は「乳児用調整乳」に比べ、「乳児用調整乳+グルタミン酸」及び「加水分解調整乳」を有意に少なく消費した。
    また、乳児は「乳児用調整乳+グルタミン酸」あるいは「加水分解調整乳」摂取後により高い満腹感を示した (Ventura et al., 2011)。
    この結果は、母乳中のグルタミン酸が乳児の適切な食欲調節に関与している可能性を示唆している。
  2. 認知機能
    さらにモネル研では、生後8か月間に「乳児用調整乳」又は「加水分解調整乳」を与えた乳児の認知機能発達をMullen Scales of Early Learningにより調べた。
    全ての評点は正常範囲内だったが、「加水分解調整乳」を与えた乳児は「乳児用調整乳」を与えた乳児よりも運動制御及び視覚受容の評点が高く、言語受容が低かった (Mennella et al., 2016)。
    これらのデータは、調製乳中の遊離アミノ酸が認知機能発達に影響を及ぼす可能性を示しているが、この研究では加水分解調整乳を用いているため遊離グルタミン酸の寄与は明らかではない。
    一方、鳥取大学の研究では、認知症患者へのグルタミン酸の投与が、おいしさの向上と関連して認知機能を向上させたことが報告されている (Kouzuki et al., 2019)。
  3. 腸管免疫
    また、ユトレヒト大学の系統的レビューによれば、母乳中のグルタミンとグルタミン酸が腸管免疫機能を通じて乳児のアレルギーおよび感染に対する防御の役割を持つことが示唆されている (van Sadelhoff et al., 2020)。

参考文献

Imai H, Suzuki N, Ishimaru Y, Sakurai T, Yin L, Pan W, Abe K, Misaka T, Hirai H. Functional diversity of bitter taste receptor TAS2R16 in primates. (2012), 8, 652-656.

Zhang Z, Adelman AS, Rai D, Boettcher J, Lonnerdal B. Amino acid profiles in term and preterm human milk through lactation: a systematic review. Nutrients. (2013) 5:4800–21.

G. Sarwar’*, H. G. Botting’, T. A. Davis2, P. Darling3 and P. B. Pencharz3. Free amino acids in milks of human subjects, other primates and non-primates. British Journal of Nutrition (1998), 79, 129-131.

Mehaia, M. A. & Al-Kanhal, M. A. (1992). Taurine and other free amino acids in milk of camel, goat, cow and man. Mlchwissenschaft, 47, 351-3.

Chuang CK, Lin SP, Lee HC, Wang TJ, Shih YS, Huang FY, Yeung CY. Free amino acids in full-term and pre-term human milk and infant formula. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2005 Apr;40(4):496-500.

Schwartz, C. Chabanet, C. Laval, C. Issanchou. S. and Nicklaus, S. Breast-feeding duration: influence on taste acceptance over the first year of life. British Journal of Nutrition (2013), 109, 1154–1161

Yasuka Toda, Tomoya Nakagita, Takashi Hayakawa, Shinji Okada, Masataka Narukawa, Hiroo Imai, Yoshiro Ishimaru, and Takumi Misaka. Two Distinct Determinants of Ligand Specificity in T1R1/T1R3 (the Umami Taste Receptor)* JBC, November 8, 2013

Mennella JA, Ventura AK, Beauchamp GK. Differential growth patterns among healthy infants fed protein hydrolysate or cow-milk formulas. Pediatrics 2011;127(1):110-118.

Ventura, A.K., Beauchamp GK. and Mennella, J.A., Infant regulation of intake: the effect of free glutamate content in infant formulas. Am J Clin Nutr. 2012;95:875–881.

Julie A. Mennella1 · Jillian C. Trabulsi2 · Mia A. Papas2. Effects of cow milk versus extensive protein hydrolysate formulas on infant cognitive development. Amino Acids (2016) 48:697–705

Kouzuki M., Taniguchi M., Suzuki T., Nagano M., Nakamura S., Katsumata Y., Matsumoto H., Urakami K. (2019) Effect of monosodium L-glutamate (umami substance) on cognitive function in people with dementia. Eur J Clin Nutr 73, 266-275.

van Sadelhoff JHJ, Wiertsema SP, Garssen J and Hogenkamp A (2020) Free Amino Acids in Human Milk: A Potential Role for Glutamine and Glutamate in the Protection Against Neonatal Allergies and Infections. Front. Immunol. 11:1007.